読みたい本が多すぎる

読みたい本が多すぎる。されど人生は短い。

『息吹』テッド・チャン(大森望訳)

テッド・チャン『息吹』(大森望訳 / 早川書房 / 2019.12)が文庫になると知り、積まれていた単行本を本棚の奥から引っ張り出してきて、慌てて読む。だってわざわざ表紙の硬い本を初版で買って、読まない内に安価な文庫が出ちゃうなんて、悔しいじゃないか。よくあることではあるけれど。だいじに読もうとおもってるとね、そのうちに機会を逸して、気持ちのまた盛り上がってくるまで、しばしの時間を要するのですよ。それまでの間、本は静かに書棚の内で熟成され、来るべきときを待つのです。本は腐らないから良い。否、だからこそ厄介だ、とも云えるのだけれど。

 

ちょうど先ごろ読んだ加藤シゲアキ『チュベローズで待ってる』【過去記事】の文庫解説が訳者の大森望だったのも、何ともタイムリーである。読みたい気持ちの再び盛り上がるにはじゅうぶんである。いつ読む?今でしょ!(古。


テッド・チャンを読むのは『あなたの人生の物語』についで二冊目である。あれはなぜ手に取ったのだったか。映画になると知って(だってドゥニ・ヴィルヌーヴ監督にエイミー・アダムス主演だよ!好みすぎる)さきに原作を読んだのか。いや、映画になったのは読んでしばらく経ってからだったような気がする。これ映画にできんの!?ておもった記憶がある。スタニスワフ・レムソラリス』を読んでもっとSFの名作を読みたくて、書店で気になったのを手に取った、と云うのが案外真相であるのかもしれない。『ソラリス』を読んだのだって、森見登美彦ペンギン・ハイウェイ』が好きで、作者が影響を受けたと云うのをどこかで読んで、辿り着いたのであった。なぜ読んだのかは忘れてしまう。いや、何の脈絡もなく読むことだってあるし、好きだからと云う理由で何度でも読む本だってあるのだけれど。

 

話が逸れた。『息吹』である。小説を読む悦びを味わいながら読む。もっと没入できる小説はほかにもあるけれど、読んでる最中に、読書愉しいなあ!とおもいながら、それでいて物語にもちゃんと入っていける、そんな小説はあまりないようにおもえる。実に豊かな時間である。

 

あらゆるタイプのSF及び題材が、見事に書きわけられている。いずれもそのテーマで最高傑作と云える質の高さで。想像を超える異世界で、炙りだされる諸問題は、僕らの暮らす世界と何ら変わることがないように思えるから不思議だ。各篇の人々の経験する、世界の見方の転換は、読む僕らにも惹き起こされる。異質と普遍の間のゆらぎが、僕らを遥か遠くまで連れていってくれる。

 

運命や決定論と云った主題は、さきに読んだ『チュベローズで待ってる』でも軸として在ったが、こちらのほうがずっとずっと深いところまで描かれている。つづけて読んだから、どうしたって比べてしまうのだけれど、そうやって比べることさえ、失礼であるのかもしれない。本作は圧倒的に本物なのである。いや、人生を比べちゃいけないのとおなじように、そもそもどの小説だって何かと比べちゃいけないのだけれど。

 

小説は素晴らしいのだが、訳者あとがきは蛇足のようにおもえた。思い出話に登場する人物は悉く男性で、SF界隈の纏っているホモソーシャルな空気、ボーイズ・クラブ的な関係性に、心底うんざりする。何々賞受賞、とかが列挙されているのも、男性中心的な権威主義の顕れのように思えてくる。小説そのものや著者自身による解題からは、母性やフェミニズム的な価値観さえ読み取れるだけあって、如何にもざんねんである。つか著者解題があるなら、訳者あとがきはマジで不要だったのでは。

 

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